あかつきボランティアネットワークblog


中越大震災の復興ボランティアの為に。それぞれがそれぞれの場所で、できる限りのことを、できる範囲で。そしてなにより求められていることを。
by 111
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現地レポ

1月5日15時過ぎに小千谷に到着。バスで通ってきた六日町は30メートル先が見えないくらい吹雪いていたが小千谷は雨交じりの雪がぱらついている程度だった。
今回の宿泊先は小千谷高校近くのアパート。
今回はどこに泊まるかということを決めていなかったのだが、新潟にいるボランティア仲間の紹介で、NPO「地域たすけあいネットワーク」の加藤さんとお会いすることになり、新潟に来てからその方からつながって「新潟スピリッツ」という団体の浅井さんにお会いして、浅井さんが借りているアパートに泊めていただくことになった。
以前AVNの小林氏とのつながりで知り合った黒木君とも再会できたし、人間てこうやってつながってて、まわりまわって輪っかになってるんだなぁと、実感。
小さな地球の中の狭い日本の、その中の新潟を通じてみんなつながっている。新潟だけではなく、日本の各地にいるみんなともきっとどこかでつながっている。

そして思ったのは、今はもう緊急の災害復旧支援の段階は終わり、とっくに生活支援に移っているけれど、それすらも、「生活支援」なんてものではなく「新潟復興のための助け合い」という言葉がふさわしいかな、と。「ボランティアから被災者」へというより、(見返りを求めるわけではなく)自然とつながっていく「人と人」としての「助け合い」(本来ボランティアというもの自体一番最初からそうなのかもしれないが)。
特に今は、春までは・・・。春になればまた雪が溶けて、家の片づけだとか畑の作業だとか、人の手が必要になってくることがとても増えると思うけど、現在は傾いた家の雪堀の回数が増えたり、ちょこちょことした家の片づけがあったりする程度で、決してすべてがきれいに片付いているわけではないし、問題なく落ち着いた生活に戻ったわけでもないけれど「春までは家に戻っても寒いからこっち(仮設住宅)でのんびりしようや、住むようになればまたゆっくり片付ければいいて」と、住民の方は言う。それでも、いくつかは”ここだけはとりあえず片付けておきたい”という場所もあるので、そこにはお手伝いに行く。後は、こちらが急かすのではなく、必要ならばそっと後押しをしたりきっかけを作る程度で、住民の方のペースに合わせて動く。同じ歩幅で。(仮設住宅に入っていない方で、家の工事が終わって、工事の間出していた荷物をもう一度すべて運び込んだり片付けたりの作業があり、まだまだ引越しなどで人手を必要としている方ももちろんいるが、今回は、主に仮設住宅の方と話をしてきたのでそちらの話に偏っていると思う)

慣れない仮設住宅でいろいろなことを抱えながらも自分の生活のために、頑張っている住民の方々、そのお手伝いをしようとやってきたボランティアの方々。ボランティアのためのボランティアをしてくれる方々。
現在では住民の方も、ボランティアのためのボランティアをしてくれている。知り合いになった住民の方と会えば「茶のんでけーあったまってけー」と言ってくれるし、「たまにはゆっくりせや、ここで茶飲んで話してるのも立派なボランティアだ。ほれ、くつろげや」と、もてなしてくれる。初めて会ったお母さんも、「また来てくれろ」と言ってくれる。崩落した畑のことや、これからの不安なこと、震災直後から続く精神的な不安をお母さんは涙ぐみながら話したり現在の生活の問題点などを話し合ったりしながらも、他愛ない会話をしながら、笑いながらお茶飲んだり、自分の知らないことだらけの昔の話や、この地域独特の行事に関する興味深い話を聞かせてくれたり。そんな貴重な時間を過ごさせてもらったり、一緒に雪ほりをすれば、「雪ほりボランティア」なんてものではなく「お父さんによる雪ほり講習会」になる。自分みたいな横浜っ子なんかより年季が入った新潟のお父さんたちの方が当然ながらはるかに早いし上手い。その後またのんびりと茶をのみながらあったまる。
新潟の方は、毎年この雪と共存しているだけあって、たくましい。84歳のお母さんも毎年ひとりでひょいひょい屋根に上って雪堀しているというから驚きだ。

あ。お風呂の時間なので続きはまた後ほど・・・
(続く)

(AVN横浜 えり)
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by 111 | 2005-01-08 20:19 | レポート
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