あかつきボランティアネットワークblog


中越大震災の復興ボランティアの為に。それぞれがそれぞれの場所で、できる限りのことを、できる範囲で。そしてなにより求められていることを。
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活動レポート3

26日 (2)

夕方、仮設住宅でお話しをしていると同じ仮設住宅の方が訪ねてきた。その方のお話によると、かなりのひどい結露、というか、雨漏りだというので、見せていただくことに。
家に上がらせていただくと、各部屋に4つも5つも新聞紙の上にカップラーメンの容器がおいてあった。その中には赤い水が溜まっているし、天井を見るとゆがんでいるし、壁には水の伝う赤い筋ができていた。どの部屋も同じような感じで、部屋の中には家具や家電製品を運び込めないとおっしゃっていた。天井の備え付けの蛍光灯でさえ、漏電が怖い。
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専門的なことや、ここまでひどくなると私たちには対処できないので、木村先生に見ていただき建築士さんや行政に対処をお願いするしかない。あまりのひどさに、住民の方も「こんなの人間の住む場所じゃない」と怒りを抑えられない様子。・・・他の場所でも、何度同じ言葉を聞いただろう。雨風さえしのげれば、自分の家を失って人様のお世話になっているのだから文句は言えない・・・そんな言葉もよく聞くけれど、雨風さえしのげず、新聞紙とカップラーメンの容器で自分の居場所は本当に少ない。夫婦で暮らしていても、雨漏りのないスペースが少なすぎて1部屋に二人で寝ることもできない。出て行きたくても・・・行く場所は無い。
以前伺った元中子仮設の雨漏りのひどいお宅では、12月の雪が降る前から雨漏りで、市役所に再三申し出て、2週間前にやっと業者が入って少し処置をしていったらしく、今回伺うと水受けの数が以前の5個から2個に減っていた。それでもまだ完璧に治ったわけではないが、一度来たら業者はもう来ないんじゃないか、とおっしゃっていた。
まだまだ、雨漏りで足の踏み場のないようなお宅は沢山あるだろう。
雪だけではなく、今後の露の時期なども気温が上がるのでカビなどがさらに心配だ。
また、玄関についても、扉を開けたらすぐにキッチンなので靴置き場、灯油などの置き場にも困っている。玄関を作るために写真のような二重扉にするには住民の方が自分で業者を呼ぶか、材料費は自費でボランティアに頼むかしかない。
b0070755_1410070.jpg

この小さな仮設住宅では二重扉にしているお宅は少なかった。「お金がかかるから・・・・」と。


夜、極楽寺では麻田さんと、笹岡さん、かよちゃん、木村先生、ばばちゃんたちと11時くらいまで話をしていた。

小千谷に住んでいる方から、自宅に住み、街中で生活しているとだんだんと地震のことが過去になっていく、というお話を聞いた。日常に戻り、山の方に住んでいる方のまだまだ大変な現状を、ボランティアが活動しているということを通して知る。ボランティアより、むしろ住民の方が現状を知らないのではないか、と。まだ大変な人たちもいて本当は全然日常に戻ってないのに、震災のことが過去になって、自分は日常に戻りかけていて、それじゃいけないような気がする、と。
それを聞いたとき、別にそれはいけないことではなくて、住民の方の感覚が一番正確なのだとあたしは思った。
中越と言っても広くて、街中に住んでいる方、山間に住んでいる方、自宅に住んでいる方、仮設に移られた方・・・色々な方がいる。
みんながみんな、足並みをそろえる必要はなく、いつまでも「被災者」でいる必要も無い。平穏な日常に戻れたのなら、それは喜ぶべきことなのではないだろうか。
それによってできた余裕を、他の人のお手伝いに向けることは地域の助け合いとしてとてもいいと思うけど、自分が通常の生活に戻れたことに対して、または大変だった地震が過去のことになったとしても、うしろめたさや焦りなどを感じなくてもいいと思う。
”忘れないで”と言っても、辛い記憶はできることなら薄れたほうがいい。忘れることはできなくても、気にしなくなってきて穏やかに暮らせるのなら、その方がいい。日常に戻ることがとても大事なことだから。
あたしには自分が被災してない以上偉そうな事は言えないし、複雑な気持ちは分からないと思うけど、その住民の方の複雑な気持ちは多分どれも正しいのではないだろうか。
そして、それじゃいけないと思って自分にできることを探して何かやりたいと思う、と話してくれたその方は、とても暖かい方だと思った。

そういえば、今回のお話とはちょっと違うかもしれないけれど以前仮設住宅でお話をしているときに「どうも、あの”団結”っていうのは好きじゃない、足並みそろえて皆が辛いんだからって、笑いたくても笑っちゃいけないような気がする」ということを聞いたことがある。そんなことないと思う。笑える人は、笑っていいと思う。そのお宅は大規模半壊で、仕事もなくて、これから先畑や田んぼもどうなるかわからないような状態で、それでも夫婦二人で笑顔だった。「喧嘩ばっかりしてるんだけどね、仲はいいの」と照れながら笑うお母さんの顔は、とても優しかった。大変なことを経験して笑えるようになった人は、きっと人の痛みも分かる強くて優しい人になる。
団結は大切だし、自分がよければそれでいいって言うものでもないけど、まずは自分が笑えるようになること、ほんの少しの余裕でも、それを分け合える時、助け合いができるんじゃないかな。

いろんな人といっぱい話せて、色々考えさせられます。。。
分からないことだらけだけど、人と関わりあいながら自分にできることをひとつずつみつけていこうと思う。


(AVN横浜 えり)
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by 111 | 2005-03-03 03:51 | レポート
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