あかつきボランティアネットワークblog


中越大震災の復興ボランティアの為に。それぞれがそれぞれの場所で、できる限りのことを、できる範囲で。そしてなにより求められていることを。
by 111

2004年 12月 22日 ( 4 )


活動レポート12月17~20日①

12月17日~20日のボランティア活動レポートです。

12月17日
夜勤明け、東京にて合流し、一路新潟へ。気温は関越トンネルをくぐった時点では2.5℃。
小千谷で8℃。山間はうっすらと雪化粧です。
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午後に小千谷市に到着。1名はサンタクロースプロジェクトの打ち合わせの為中越元気村へ
その他は小千谷市ボランティアセンターへ。
ボラセン、すっきりしております。19日には撤収との事。みんなの応援のメッセージの
寄せ書きも、ビッシリと埋まりました。ここで様々な方と出会い、一緒に力を合わせて頑張りました。少しづつですが確実に復興している力強さを感じたと同時に、正直ちょっと寂しい気がしました。
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今日は越路に宿泊です。地元中越のメンバーとも合流しました。

12月18日
6時半起床(眠・・)急いで中越元気村へ。1名降ろしてボラセンへ。
ニーズをちらほら覗いていると、午前中に家屋の解体4名とある。マッチングで愛知県から
きたk君と現場に向かう。このK君、一ヶ月以上滞在し、ボラセンの事務所で寝泊りしている
との事。タフである。
現場に到着。人は暫く住んでいない家のようで、畳や戸を外に運び出したりする作業。女性
には少々きついかも。住民のおじいちゃんが運び出した木材をどんどん焚き火にくべる。
だんだん焚き火が大きくなり、最後は警察、消防が出動する騒ぎになってしまった。
「この時期だから気持ちも分かるが・・」
と、おまわりさんも心苦しそうだった。
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午後は今まで家屋の片付けなどをした方にご挨拶に行きました。全壊の家から
ケアセンターに入ったおばあちゃんは、とても喜んでくれて、僕達の連絡先を聞かなかった
ので残念な思いをしていたそうです。
「地震の来た時はどうしようかと思った。あきらめようと思った。でも、親戚、近所の子供
ボランティアの方。みんなに支えられているんだ、1人じゃないんだ。これからもがんばんねえと」
といっていました。僕等でよければいくらでも支えになります。再会の約束をしてケアセンター
を後にしました。
1人暮らしの老人の方などは慣れない環境で寂しい思いをしている方は沢山います。
ボランティア活動は、住民の方とその日1日のお付き合いになりますが、これも何かの縁。
よい関係でいれたらと思います。
20時に越路に到着。
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by 111 | 2004-12-22 15:06 | レポート

活動レポート12月17~20日②

12月19日
7時起床(眠・・・)急いで中越元気村へ。今日はサンタクロースプロジェクトの決行日。
代表のくりぞうさん、斉藤さんと打ち合わせ。その後仮設住宅の集会所に移動し、メンバー
全員で打ち合わせ。
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各自準備して、13時スタート!子供達は開店前から並んで待っていました。
わたあめや、パソコンをつかったTシャツ作り、ツリー作成などイベント盛りだくさん。
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やっぱり子供は元気一杯!圧倒されてしまいます。途中には「東京江戸の華」による
迫力満点のよさこいや、元気村さんによるファイアーダンスなど、大いに盛り上がりました!
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企画は精巧だったと思います。子供達のなかには、震災で子供を亡くした子もいて、心に
大きな傷を負っている子もいます。そんな子達が少しでも元気を取り戻し、前向きに生きて
いけるように、継続した支援が必要になると思います。
今回代表として頑張っていたくりぞうさん。新潟コンピュータ専門学校のみなさん。
大変お疲れ様でした。今後も是非素晴らしい企画を立てて欲しいと思います。僕達は、新潟が閉ざされる事が無いように、県外から応援していきます。1日も早く中越に笑顔が戻るように、力を合わせて頑張りましょう!

そして、今回のイベントに関して、集会所を快く使わせていただいた小千谷市社会福祉協議会の皆様、全面的にバックアップしてくださった中越元気村の皆様、本当に感謝しています、ありがとうございました。

22時に越路帰還。死んだように眠りました・・・
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by 111 | 2004-12-22 15:01 | レポート

活動レポート12月17~20日③

12月20日
7時起床(眠・・・)
少し寝坊したので、急いで昨日の仮設住宅へ。
今日は住民の方と山へ野菜を採りに連れて行ってもらう事に。
場所は朝日地区という所。途中の道は、全壊の家や、川が土砂崩れによって堰き止められ
水没してしまった家が並ぶ。ひどい状況・・とても写真は撮影できず。
ひとまず麓の家で休憩。井戸水を飲ませてもらう。これがとても美味しい!村でも有数の
名水との事。ただ、近所のお宅では水が止まってしまった所もあるらしい。
「井戸があるから家を建てたのに・・」
とおっしゃってる方もいました。
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準備をして山に登る。遠くに見える山々は、あちこちで地すべりの生々しい傷跡が残って
いた。そして僕らが登る山もまた、地すべりにより道も無い状況。斜面に手を突きながら、注意して一歩づつ進んで行く。
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距離にして数百メートル。山頂には広大な棚畑があった。沢山のダイコンも、残されたまま。持って帰れる分を収穫し、それぞれが背中に担ぐ。欲張って背負ったら立ち上がれず(笑)
なんとか麓まで降りて来ました。
今日も雪が降っているので、あの山は春まで閉ざされてしまうでしょう。また暖かい日差しに
包まれる頃、畑仕事を手伝いに行こうと思います。
仮設住宅に戻り、お礼を言って15時頃帰還しました。
こばやし(AVN東京)
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by 111 | 2004-12-22 15:00 | レポート

小千谷市のボランティア活動について

小千谷のボランティアセンター閉所 声合わせ「頑張れ」 ※asahi.comより
ここから-------------------------------------------------------------------
閉所式で抱き合って別れを惜しむボランティアたち=19日午後、新潟県小千谷市で

 新潟県中越地震の被災者を支援するため、全国からボランティアが訪れていた小千谷市災害ボランティアセンターが19日、閉所した。市内すべての仮設住宅で入居が始まり、「今後は雪国経験のない人を受け入れるのは難しい」と判断した。活動を終えたボランティアは「頑張れ、小千谷!」と声を合わせた。

 多い日で1000人以上、延べ2万3000人が訪れた。センターが発足した10月27日から活動した横浜市の会社員本間真明さん(33)は「最初はコミュニティーが強く、壁を感じた。とにかく元気になって欲しいと思って活動してきた」話していた。

 小千谷市の関広一市長は「ボランティアのおかげで大勢の市民が救われた」と振り返った。今後は市社会福祉協議会が市民を中心にボランティアを募る。
-----------------------------------------------------------------------ここまで
縮小したと言う事は、着実に復興しているということです。
ボラセンのあった倉庫は完全になくなりました。倉庫として利用していたダムズ(パチンコ屋)の駐車場も撤収しています。
今後のボランティア活動は、いままでのボラセンのすぐ脇の1F、社会福祉協議会の事務所内になります。規模が縮小しただけで、無くなった訳ではありません。今後は小千谷市民ボランティアさんを中心に活動していくようです。

宿泊は、中越元気村のピンクドームの隣に、同じ大きさのピンクドームがあります。この
ドームを、川口町のボラセンと共同で使うようです。入り口の利用規約によると、基本的に
車やバイクの駐車スペースはないので、総合体育館に駐車するように、とありました。
寝袋は必須です。テントは中にいくつか張ってありましたが、詳細は現地にご確認下さい。
風呂はありませんので、近隣の有料温泉を利用する形になります(300円~)
食事は全く問題ありません。道路も市街地はほぼ仮復旧しています。商店街も、被害の少ない店は営業し、ガソリンスタンドやコンビニも通常に営業しています。

仮設住宅の引越しも終了したので、ニーズは家屋の関係、雪かき等になるかと思われます。
山に畑がある住民の方は、野菜等がまだ収穫できないでいる方も沢山います。
こばやし(AVN東京)

最終日前日のボラセン
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   社会福祉協議会の入っているビル
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宿泊施設のピンクドーム
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by 111 | 2004-12-22 09:40 | ※現地に向かう方はここ※